112号 東日本大震災・伝統的建造物被災状況調査

救う―救済活動東日本大震災

 石川県金沢市で建築の設計をしております、橋本浩司です。社団法人金沢職人大学校で助手を勤めながら、伝統的建造物修復士として町家や民家、土蔵の修復などに従事しております。今回、ご縁があり宮城資料ネットの歴史資料保全活動に同行させていただき、4月12日から14日の3日間に渡り、建築家の佐藤敏宏氏および京都在住の建築構造家、満田衛資氏(12日のみ)、そして妻であり庭の設計を行っている中村彩と共に、伝統的建造物の被災状況調査を行いました。

■4月12日/石巻市

千枚通しで材の腐朽具合を確認する

 まず、千石船に関する資料を所有されている旧家に向かいました。大津波による瓦礫の山であたりが埋もれている中、その旧家の土蔵だけが運良く残ったのですが、その被災状況を調査いたしました。柱は梁などの軸組み部分に関しては、全く問題ありませんでした。入り口の下屋と呼ばれる部分は流されてしまいましたが、土蔵本体で損傷しているのは、大きく分けると置屋根と壁の部分です。

 置屋根海側の瓦とそれを支える垂木や母屋という部材が、津波による漂流物で部分的に破損していました。これは比較的安価に修復可能です。折れた母屋の補強方法については、京都から駆けつけられた構造家の満田氏と検討いたしました。
壁に関しては、漆喰や海鼠(なまこ)壁などの表面材が剥離しているだけで、その下地となる土壁はしっかりしており、こちらも大掛かりな修繕は不要と判断しました。ただ、小規模でも土壁の修繕はある程度費用がかかります。

 なお、この土蔵は昨年腰壁部分に鉄筋コンクリートで構造補強が行われていたのですが、同じように補強された隣の土蔵が津波でつぶされています。周囲の状況から見ますと、残ったのがまさに奇跡的に思えます。また、瓦礫の中にたくましく建っているこの土蔵を見ていると、どこか復興の象徴になりうる気がしてなりません。なんとか修繕して残していけるよう、今後の活動が重要になってきます。またこれらの調査内容は調査報告書に簡単な図面と共に記載して、後日蔵の所有者の方にお渡しすることになっております。

■4月13日/村田町

漆喰壁および海鼠(なまこ)壁の崩落

 次に向かったのは、柴田郡村田町です。ここは蔵の町として知られておりますが、その蔵を中心に建物の被災状況を調査いたしました。店蔵の立ち並ぶ景観は大変貴重なものであり、宮城県では唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区の候補にあがる街並みとのことです。

 実際に敷地内に入らせていただいて調査したのは9件です。数が多いので一つひとつに時間をかけられなかったのですが、総じて構造的には問題ないものの、表面の漆喰および海鼠壁の剥離、また土壁の剥離、崩落が多く、根本的な修繕には時間と費用がかかりそうです。また、実際に応急修理を地元の工務店にお願いしたところ、5月末まで忙しいと断られたケースもあり、職人不足も今後問題になってくるかもしれません。

破損状況を御当主と確認

 困難な道であることは間違いないと思いますが、宮城県におけるこの街並みの価値を考えると、できるだけ安易な解体は避け、長期的にしっかりと修繕していくことが強く望まれます。なお、作業後に被害状況調査の概略と修繕する際に必要となる壁土の保存方法などを記した文書を作成しました。後日村田町の蔵所有者に配布する予定です。

■4月14日/岩沼市

 最終日は午前1件、午後1件というスケジュールで、比較的時間をとって調査させていただきました。14日の調査に関しては、宮城資料ネット・ニュース第105号にて蝦名祐一さんが詳しくご報告されていますので、そちらをご参照ください。

 その報告にもありますように、ここでは幾つもの建物を維持しておられる旧家の方の苦悩を感じざるを得ませんでした。地域の記憶が凝縮されている歴史的建造物やその風景は、次の世代に引き継いでいくことが望まれます。しかし建物が立派なものであればあるほど、個人での維持管理にはどうしても限界があります。その場合は、その地域内での移築の可能性などを探り、それが無理ならきちんと現状調査を行い図面などを作成し、資料として後世に残すことも検討していければと思っています。こちらの調査報告書は後日作成して資料ネットを通じてご当主にお渡しする予定になっています。

 以上、3日間にわたり土蔵を中心に調査をさせていただきましたが、まだ建物に対する支援金などが当然全く見えない状況の中、正直に申しまして「薬をもたない医者」のような気持ちでした。実際に問題を解決する方向、つまりはどう修復可能な状況にもっていけるか、という課題に向けて、今後検討していければと強く思います。

 なお、この調査がとてもスムーズに運び、何も問題なく終えることができたのは、宮城資料ネットの先生方およびスタッフの方々による事前の細やかな段取りがあったからこそであり、未曾有の大震災後にもかかわらず対応してくださった調査対象建物の所有者の方と共に、深く感謝いたします。

(追記)
 前号に引き続き、4月12日から14日に実施した伝統的建造物の被災調査について、橋本浩司さんにご寄稿いただきました。橋本さんには調査終了後、早々にご寄稿いただいておりましたが、事務局の都合で配信が遅れました。この場を借りてお詫び申し上げます。(佐藤大介記)