129号 東日本大震災 伝統と学びの記録を保全する-宮城県農業高校

救う―救済活動東日本大震災

 宮城資料ネット事務局の佐藤大介です。5月29日と30日の両日、宮城県名取市にある宮城県農業高等学校同窓会所蔵の蔵書資料レスキューを実施しました。同校および同窓会ご協力と、神戸の歴史資料ネットワーク(史料ネット)および山形資料ネットからの応援を得ての活動となりました。わせて、今回は文化財救援委員会の現地対策本部の尽力で、今回のレスキュー関係者の方々にこの場を借りてあつく御礼申し上げます。

 今回の活動は4月25日から27日まで実施した活動に続く第二次のレスキューとなります。前回の活動についてはネットニュース115号をごらんください。

■5月29日 宮城県農業高校

資料のクリーニング作業(28日)
資料の水洗い(30日)

 宮城県農業高校は、校舎一階まで津波が浸水しました。前回の活動に比べるとがれきの撤去が進んでいましたが、その分建物のあった場所の基礎があらわになったことで、改めて被害の甚大さを認識させられました。

 今回レスキュー対象となったのは、前回の活動中に、保管されていた百周年記念会館一階の倉庫内で確認された水損した蔵書と、戦前のものも含む写真およびアルバムです。泥に埋もれていた資料は水濡れがひどく、一旦時間をおいて陰干ししていました。これらの資料について、まずはクリーニングと梱包作業を行うこととなりました。

 クリーニングは、刷毛や竹べらを用いて、資料に付着した泥を落としていきます。この時、カビの生えているものはエタノールで拭き取っていきます。その後、処理方法の異なる和綴じと洋書を分類した上で箱詰めをしました。一方、写真資料はアルバムや写真についた汚れを丁寧に落としたり、袋に入ったネガフィルムの取り出しを行いました。午後1時から3時間ほどの作業で全体の3分の2ほどの処理を終え、段ボール20箱ほどになった資料を、現地から一旦仙台市博物館に搬入しました。

■5月30日 仙台市向田資料収蔵庫

 台風2号の接近により5月としては記録的な豪雨となった30日は、関係機関のご尽力により作業場所として提供された仙台市向田資料収蔵庫での作業となりました。前日に引き続き、日中いっぱいかけて資料の泥落としを行うとともに、一部の和綴じ本は水洗いと吸水乾燥も実施しました。ネガフィルムについてはぬるま湯でつけ置き洗いし、その後自然乾燥を行いました。

冷凍倉庫への搬入(30日)
写真を乾かす(30日)

 その後、凍結乾燥処理を行う史料は、冷凍処理の協力企業である岩沼市のニチレイロジスティクス東北・仙台南物流センターへ搬入しました。仙台空港にほど近い同社の回りは津波で折れ曲がったフェンスやがれきも多く、地震で砕けた路面は冠水し、通行もままならない箇所がありました。空港南の倉庫群は、一階部分のシャッターが津波で破損したまま、それでも物流回復のため営業が再開されていました。ここに資料を搬入し、今回水損資料の処理を行う奈良文化財研究所の協力企業である奈良市場冷蔵株式会社(大和郡山市)に向け発送されることになります。全国から参加したボランティアと、救援委員会および協力企業の連携により、今回のレスキューを効率よく進めることができました。

 なお凍結乾燥処理のできない写真資料は、神戸の史料ネットメンバー2名が全体作業終了後、仙台の事務室で午後10時近くまで応急処置の作業を行いました。

 今回の活動で、蔵書及び関係資料の被災地での応急処置及び搬出は一段落することとなりました。今後は奈良文化財研究所や、前回の搬入先である東北芸術工科大学での乾燥処理を行ったのち、移転予定の新校舎で保管されることになります。

 レスキュー対象となった和綴じ本には、農業高校の前身である「宮城農事講習所」(明治14・1881年設立)の蔵書印が押されたものもあり、現在の仙台市太白区根岸にあった旧仙台藩茶園の敷地近くに設立された同校の伝統を示す資料だといえます。写真には戦前以来の学校行事や同窓会の活動が記録されていました。今回の資料レスキューが、同校の伝統の継承の一助ともなれば幸いであると感じた次第です。