148号 事務局でのボランティア作業に参加して

救う―救済活動東日本大震災

青柳周一

去る8月29日、宮城資料ネット事務局での被災史料応急処置のボランティア作業に参加してきました。

今回の来仙は、8月27・28日に開催された民衆思想史研究会・東北近世史研究会の合同例会への参加にもあわせていましたので、まずそちらのことから記します。研究会は両日とも充実した内容でしたが、とくに28日の巡見で、震災によって大きな被害を受けた石巻市内を案内していただけたことは、自分にとって大変重要な体験となりました。東北大学にいた頃から石巻は思い出の多い土地であり、その現在の姿にはやはり衝撃を受けましたが、それでも見ることができて本当によかったと思っています。震災後の困難の中で研究会を見事に成功させたスタッフの皆さまに、この場を借りて改めて御礼申し上げます。


29日の朝、川内キャンパスの文科系総合研究棟の11階に着くと、段ボールやプラスチックケース、ソファーなどを組み合わせて作られた、被災史料応急処置のための大掛かりな作業スペースがいきなり目に飛び込んできました。そして、そこに処置を待つ被災史料の束や、大量の処置用の道具類などが置かれているのを見て、ここが今まさに緊急作業の真っ只中にある現場であることが実感されました。(右絵:被災資料のクリーニング作業(8月29日)

僕が担当した作業は、津波によって浸水した石巻の小学校の帳簿類のクリーニングでした。帳簿の表紙や頁のあちこちに泥がこびりつき、カビも発生しかけている様子なので、刷毛や竹べらで丁寧に泥を落とし、頁一枚ごとにエタノールを吹き付け、汚れを拭う作業です。前日訪れた石巻の史料であることに縁を感じましたが、海水をかぶってから時間が経ってしまったために生じる臭いは、今まで経験のない類のものでした。

この日の作業には、僕と同じく前日まで研究会に出席していた関東の大学院生とともに、地元から一般の女性の方々が多く参加していたのが印象的でした。事務局で尋ねたところ、地元の方々は特別な方法で募集したわけではなく、現在は資料ネットのメールニュースが相当広い範囲まで転送されているので、それを見て集まってくれたとのことでした。


かつて、仙台市による仙台城本丸艮櫓(うしとら・やぐら)の「再建」工事計画が持ち上がったとき、在仙の研究者が世話人となって「仙台城の石垣を守る会」が結成され、市民の方々と共同して石垣の保存運動に取り組んだことがありました。その頃から、研究者と市民とが地元の文化財や景観保存などをめぐって積み重ねてきた協力関係が、今回の被災史料の救出活動にあっても生きていると感じられました。この日の作業メンバーの皆さんは終始とても朗らかで、おかげでボランティア作業初参加で緊張していた僕もずいぶんと和まされ、大変ありがたかったです。(右絵:泥を丁寧に落とす 8月29日)

 この日は晴れ渡った晩夏の一日で、研究棟11階からは窓いっぱいに広がる仙台の街並みをはるかに眺めることができました。高層ビルの林の向こうには青い海と、その上をゆっくり航行する巨大な白い船も見えました。あの海が今日のようにずっと穏やかであってほしい、と思わざるを得ない光景でした。

僕がボランティアに参加したのはこの日の朝から夕方まででしたが、事務局の方々から細やかに気を配っていただけたおかげで、とてもよい雰囲気の中で作業に取り組めました。しかし自分が不慣れなせいもあり、一日ぐらいでは厚めの帳簿一冊をクリーニングし終わるのがせいぜいです。現在、事務局には膨大な点数の被災史料が運び込まれており、これからの作業に必要な時間と労力は相当な量に及ぶことが想像されます。東北から遠く離れて暮らす身ではありますが、今後もなるべく機会を見つけてボランティアに参加したいと思っています。どうぞ、よろしくお願いします。