179号 大崎市で被災歴史資料レスキューを実施

救う―救済活動東日本大震災

宮城資料ネット事務局の佐藤大介です。今回は11月23日に大崎市の文化財課と共同で実施した、同市田尻M家での被災歴史資料レスキューの報告です。

M家は、1974年に実施された宮城県内の古民家調査にリストアップされた、築200年ほどと推定されている母屋をもつ旧家です。宮城県内ではその後1993年にも古建築調査が実施されています。宮城県内ではこれらのリストを基に、文化庁による「文化財ドクター事業」などを通じて、宮城県と建築史の専門家による歴史的建造物の被災調査が進んでいます。

今回のレスキューは、その中心として活動している永井康雄山形大学教授(建築史)を通じての依頼でした。9月にM家の被災調査を行った際、古文書や下張り文書などが確認されたため、当主に私たちの活動を紹介したことがきっかけです。永井さんとは2008年の岩手・宮城内陸地震をきっかけに情報交換しながら活動を進めています。5月の宮城県大和町に続いて、現場レベルでの連携で、建物と歴史資料の被災対応が同時に進むことになりました。

大崎市の文化財課を通じて日程調整を進め、まず全体量を把握するため11月5日に佐藤が予備調査に赴きました。あわせて、古文書など少人数でも搬出できるもの5箱分を仙台に搬出しました。一方、土蔵の中には民具が大量に残されていました。母屋の中もさらに確認する必要があり、11月23日にさらに大人数でのレスキューを実施しました。

今回の参加者は、宮城資料ネットからは仙台、山形、さらには東京、名古屋、兵庫から、専門職の方々を中心とする11名のボランティア参加を得ました。さらに、大崎市岩出山を拠点に活動する「岩出山古文書の会」から8名の応援がありました。ボランティアと、地元の史料を自分たちで守るという市民の連携によるレスキューとなりました。

土蔵の下見
土蔵から史料を搬出
史料の運び出し
運び出された史料
運び出した史料の清掃
一時保管場所への収納

 

作業は土蔵班と母屋班を編成し、それぞれ資料の所在確認を進めながら搬出していきました。その中では、板蔵が1897年築であることを示す書類も見つかりました。その後でホコリなどの汚れを払ったあと、K家で事前に準備した仮の物置に収納しました。当初の見積もりよりも多くの資料が確認されたため、日没ぎりぎりの時間までかかりましたが、参加者が力を合わせて効率よく作業を終えることが出来ました。

なお江戸時代築の母屋ですが、今後についてはまだ決まっていません。1962年の宮城県での内陸地震、1978年の宮城県沖地震、2008年の岩手・宮城内陸地震を耐えた母屋は、震災では4月7日の余震で大きく被災しています。一方、この機会に建物や家の歴史を詳しく調べてほしいとのご要望もありました。今回のレスキュー史料の安定的な保存や、12月に予定されている建築調査も含め、継続的な対応が必要な状況です。