207号 科学史を専攻する大学院生からみた被災資料レスキュー

救う―救済活動東日本大震災

藤本大士(東京大学大学院 博士課程)

 2013年9月30日(月)・10月1日(火)に東北大学川内南キャンパスで開催されたK 家の襖文書保全作業に初めて参加させていただきました。江戸時代から医業を営んでいたK家の資料調査は、昨年の8月に続いて今回が2回目の開催です。参加者として、世話人の蝦名裕一さんを筆頭に、廣川和花さん(大阪大学適塾記念センター)、佐藤賢一さん(電気通信大学)、高野弘之さん(埼玉県立文書館)など、近世・近代の医学史・科学史を専門とする研究者が多く集まりました。前回調査の作業内容などについては、廣川さんが本誌へ寄稿された記事(宮城資料ネットニュース173号、2012年10月16日付)をご覧いただくとして、以下では科学史・医学史を専攻する大学院生の観点から、被災資料レスキューに参加して感じたことを記したいと思います。

 私の狭義の専門は近世日本の医療史であるため、近世文書の資料調査は経験があったのですが、被災資料のレスキュー作業は初めての経験でした。そのため、参加する前は多少不安だったのですが、現地を訪れてみるとその心配はすぐになくなりました。というのも、作業内容は蝦名さん作成のハンドアウトにわかりやすく書かれてありましたし、具体的な手順は10人程いらっしゃった市民スタッフの方々からとても丁寧に教えていただけたからです。このように宮城資料ネットによる資料保全活動はとても組織的に運営されているため、被災資料レスキュー未経験の研究者や市民の方にとって非常に参加しやすいものであると感じました。

 今回の資料調査で特に印象に残ったもののひとつに「ズボンプレッサー」があげられます。なぜなら、それが限られたリソースのなかで出来るだけ多くの史料を保存していくための創意工夫を象徴しているからです。襖文書のなかには互いに付着してしまったものが少なくありません。それらをはがしていく際に酵素の水溶液を塗布して剥離していくのですが、酵素の剥離効果を最大化するために温度を70~80度まで高める必要があります。そのために使われたのがズボンプレッサーでした。このように、比較的手に入りやすい道具によって、効果の高いレスキュー作業がおこなえることは、他の地域【写真1】事務局での作業の様子(9月30日)や施設での被災資料レスキューでも応用できるものでしょう。

事務局での作業の様子(9月30日)

 一方、未整理の文書が入った段ボールの山を前にして、まだまだマンパワーが足りていないということを痛感しました。そのため、自分のまわりにいる科学史・医学史研究者に積極的に呼びかけて、また参加したいと強く思いました。これまで、科学史・医学史という分野では、資料保全やアーカイブズに対する関心があまり高くありませんでした。今回の資料調査のように、複数人で一次史料の整理作業をおこなうことは少ないですし、それぞれの研究者の専門とする時代・地域・分野(物理学、化学、生物学、医学など)が大きく異なるため、資料調査のノウハウが共有されることもあまり多くありません。そのため、今回のような組織化された資料調査に参加することは、互いにとって良い機会になるだろうと感じました。

 以上のレスキュー活動に加え、10月2日(水)には仙台市の荒浜地区や亘理町立郷土資料館などの巡検をおこないました。平野部で世界最大級の被害を受けたとされる荒浜地区には、住宅の基礎、生い茂った雑草、津波によって変形した松の木、そして慰霊のために建てられた仏像や石碑が残されるのみです。平日にもかかわらず、少なからぬ数の人々がこの地へ慰霊に訪れるのをみて、犠牲になった人の多さに思いを巡らさずにはいられませんでした。一方、郷土資料館では、同館学芸員の菅野達雄さんを中心に、町内で被災した資料の修復・整理作業がおこなわれています。ここでもやはりレスキューされるべき資料の数に対し、作業人員が圧倒的に不足しているようでした。なお、亘理町は津波被害にあった家の同町内での移住計画を進めているようですが、被災者のなかには県外に出て行くという決断をする方も少なくないようです。被災地における地域コミュニティのあり方が今まさに変わりつつあると言えるかもしれません。
  

名取市閖上地区の様子 (10月2日)

 最後に、今回、貴重な機会を提供していただいた蝦名裕一さんに感謝申し上げます。スタッフの方たちが親切に出迎えてくれたり、終始和やかな雰囲気のもと作業が進められたりしたのも、蝦名さんのお人柄によるところが大きいでしょう。また、医学史・科学史の分野で最も精力的に史料保存活動に取り組んでいる廣川和花さんから、今回の資料調査へお誘いいただいたこと対してもあわせて御礼申し上げます。


 【附記】昨年に引き続き、藤本さんをはじめ、参加者の皆さんには遠方から駆けつけていただき、作業にご協力をいただきました。心より御礼申し上げます。長期にわたる被災史料の保全活動ですが、こうしてご協力いただく方々のお気持ちに支えられていることを実感する今日この頃です。(事務局・蝦名)【写真2】名取市閖上地区の様子(10月2日)

【追記】
 本号は、10月18日付けでご寄稿いただいたものです。佐藤の不手際で、配信が大幅に遅れておりました。藤本さんに、謹んでお詫び申し上げます。(事務局・佐藤大介)