260号 果てしなき補修 未だ続く津波被災文書への対応 2015年常総市水害支援

広める―普及活動救う―救済活動東日本大震災

佐藤大介です。被災5年の現況をお伝えするシリーズ、諸事に取り紛らせ、気がつけば明日震災5年の日を迎えます。

 今回は、未だに続く津波被災文書への対応の現況についてお伝えします。


 宮城資料ネットでの津波被災文書への応急処置活動は、2011年5月から始まりました。東京文書救援隊など保存修復分野の各専門家からの初期の技術支援を得て、女性や退職者を中心とする一般市民の方々、さらに仙台地区内外の大学から、ゼミ単位および個人での参加で対応を続けています。

 当初は、平日5日間、さらには復旧・復興関連事業による資金的な裏付けも得て行っていました。ただし、後者の多くは前年度末までで打ち切られました。目下、毎週水曜日に、完全ボランティアの形で、作業を継続しています。震災直後からの常連のみなさんと、本ニュースを通じた募集案内に応じた新規の参加者で、毎回7~8名程度で作業を続けています。

 また、東北芸術工科大学竹原万雄ゼミでは、毎月一度、石巻市で救出したK家資料の補修および整理・調査を、山形市から通勤して行っています。それでも、補修の速度は、当然ながら遅くなっています。

 また、昨年9月11日から12日にかけて関東と東北を襲った豪雨で被災した、茨城県常総市の個人所蔵史料2件について、茨城史料ネットから、NPO事務局のある東北大学災害科学国際研究所歴史資料保存研究分野にて受け入れ、真空凍結乾燥機による処置を施しています。2月18日から19日には、茨城大学から高橋修ゼミの学生15名ほどが仙台市に来訪し、ボランティアによる補修を行いました。同大学からは3月14日、15日の両日にも添田仁ゼミの学生が作業にあたることになっています。


 目下の作業は、全くの善意頼みとなっています。作業場所は、9月に茨城から受け入れた被災資料の乾燥処置により、文章では十分伝えることが出来ませんが、強烈な臭気が漂う状況です。宮城資料ネットのボランティア、さらには東北芸工大や茨城大学の学生たちは、過酷な環境の中で作業を続けているのです。

 「ボランティア精神」には、心から敬意を表すべきです。また、持続的に活動していくためには、近年ますます「短期間での成果」が求められる各種事業の制約を受けない形の方がむしろ望ましいのかもしれません。

一方、ボランティアの方々には、その活動に相応しい「対価」が与えられるべきだとも思います。

 作業参加者や支援者の方々に感謝しつつも、現状に対するやりきれない思いがぬぐえないのは、それらに対し何らの打開策を打ち出せない私自身の力不足を、他に転嫁しているだけなのでしょうか。