155号 石巻文化センター図書資料のレスキュー

救う―救済活動東日本大震災

事務局佐藤大介です。12月17日、18日の二日間、石巻文化センターにおいて同館所蔵の被災図書資料レスキューを行いました。


1986年11月にオープンした石巻文化センターは、石巻市の歴史博物館、美術館、公共ホールの機能が複合した施設です。北上川河口に位置する同センターは、3月11日の津波で一階部分が浸水し、職員の方にも犠牲者が出ました。地元の郷土史家が収集した考古遺物や民具、古文書などを含む「毛利コレクション」をはじめ多くの収蔵品が被災しました。これらは、5月以降に文化財等救援委員会による文化財レスキューにより順次搬出され、現在は搬出先各地での応急処置が続けられています。宮城資料ネットも5月15日にこの活動に参加しています(ネットニュース127号参照)。

一方、センターには全国の自治体から寄贈された自治体史や発掘調査の報告書、さらに郷土史や美術の図書類が1万5000冊ほど収蔵されていました。それらは、被災から9ヶ月を経てもなおそのまま残されている状況でした。石巻文化センターのみでの対応では限界があるため、同センターから要請を受けた宮城資料ネットで今回のレスキューを実施しました。地元に加え東京、横浜、京都、神戸などから2日間で22名が参加しました。


作業場所はセンターのロビーと2回への階段部分です。ここは、5月15日のレスキューで宮城資料ネットからの参加者が、泥と中に入り込んだ乗用車の撤去を行った場所です。作業では海水で被災した図書類の内、比較的状態のよい自治体史や史料集などハードカバーの図書を選び出し、簡易クリーニングを行いました。すでに陰干しがされていた図書類は大部分が乾いていました。しかし、近くの製紙工場から流れ出たパルプや砂、さらにカビがまだこびりついたままです。これらを一冊ずつブラシやたわしで汚れを落としていきました。クリーニングを終えた史料は、長い階段を登り、2階にある一時保管場所まで手で運んでいきました。

電気系統は止まったままで、作業は冬至目前となった日中の限られた時間で行わなければなりません。もちろん自家発電による暖房は用意されていましたが、16日から17日朝にかけての降雪や、午後に入ると日が陰って室内が暗くなっていくこともあり、より冷え込みを感じました。その中、参加者の懸命の作業により、今回は1500冊ほどの図書をレスキューしました。中には郷土史関係を中心に、現在では入手困難な図書も含まれています。作業に参加された方にはあらためて御礼申し上げます。


博物館や美術館が被災した場合、収蔵されている歴史資料や美術品は「文化財」、収蔵目録や館の運営に関わる文書は「公文書」として、それぞれのネットワークで救済対象として手がさしのべられると考えられます。実際、今回の震災でもそのような形で対応が進んでいます。一方、博物館や美術館には、利用者や職員の参考資料として、数多くの図書が所蔵されていることが一般的です。これらが被災した場合は、誰が、どのようにレスキューしていけばよいのでしょうか。レスキューできなかった図書の復旧についても気がかりなところです。行政の予算は限られています。しかし、もし予算が確保されていたとしても、自治体史や報告書など、現在では入手の難しくなっている書籍を再び入手できる保証はありません。

今回被災した他館の事例も学ばなければなりませんが、個人的には今回の活動で、「博物館・美術館にある参考図書」という存在と、それを救うためのしくみやネットワークが必要ではないか、ということを考える契機となりました。